【ダイバーシティ ケーススタディ】vol.5 内部障碍のあるお客様
老舗の旅館
安西さんは旅館のフロントを担当しています。ある日、2泊3日のご予約で北村という男性のお客さまがいらっしゃいました。左手にギプスをはめてらっしゃいました。
安西:「ご予約ありがとうございます。こちらの宿帳にご記入をお願いします」
北村:「宿帳? Webで申し込んであるんだけど・・・。またここで記帳するの?」
安西:「申し訳ございません。当館は、お客さまに直接台帳のほうにご記帳をお願い・・」
北村:「悪いんだけど、左利きなんだ。これ、見てよ」
安西:「失礼いたしました。それでは、代筆してよろしいでしょうか?」
北村さんがお部屋に行かれると、安西さんは従業員の連絡ノートに、北村さんが左手にギプスをしており、さらに左利きであることを書き入れました。
夜になって、北村さんのお部屋担当の南野さんが来て言いました。
南野:「あの……『利き手の左手にギプス。夕食時に配慮を』と書いてあったので、お部屋にスプーンとフォークをお持ちしたら、ギプスなんてしていないうえに、右手で普通にお箸をもって、お食事をされていらっしゃいましたよ」
安西さんが不思議に思っていると、ギプスをしていない浴衣を着た北村さんが、大浴場に向かう後ろ姿が、遠くのほうに見えました。
考えてみよう!
- お客さまの行動には必ず理由があります。しっかりと見守りましょう。
- 宿帳は法律上本人が書くもの。右手が使えるなら、改めて記入してもらいましょう。
- なぜ嘘をついたのか、問いただして、きちんと理由を聞くべきです。
お客さまの不思議な行動。いろいろな理由があります。多様性について考えるとき、いろいろな理由が思い浮かびます。しっかりと見守り、必要な配慮を提供していきましょう。
ホントのきもち・・・
『左手を骨折して1ヵ月。出張なのに面倒だなぁ。大きなクレームだから仕方がない。まぁ、自分が行けば収まるだろう。
それにしても、昨日、医者がギプスシャーレ(半分のギプスで取り外しができる)に替えてくれて、本当に助かったよ。今晩、温泉に入れるなぁ。
さて、昨日、部下がWebで手配してくれたホテル、無事に予約ができているかなぁ。あったらしい。よかった。あとはWeb入力のプリントアウトにサインするだけだな。サインくらいはできるんだ。
え! まさか、この台帳に手書きするの?! 文字・・・書けないんだよね。住所と名前の記入に1時間かけていいなら頑張るけどね。そうだ!左利きってことにしよう。ギプスしててよかった。代筆お願いします!』
北村さんは、会社一番の営業技術を持っていて、どんなクレームや難問も、彼が交渉すればたちまち解決してしまいます。
ただ、ディスレクシアで文字が読みづらく、書くのは大変です。社員やなじみのお客さまはそれを知っていて、書類仕事担当の、専門の部下が配属されています。
解説
ディスレクシアって知ってますか?文字を書いたり読んだりすることがとても難しい障害です。
「大人の日本人ならば、住所と名前は書けるのが当たり前」と思い込まないことが大切です。
ディスレクシアの方は、読むときに勘違いや読み間違いが多い・書くときにきちんと正しく書けない・読み書きのスピードが遅い、などがあります。
自分の名前でさえ、鏡文字に書いてしまったり、ヘンとツクリが逆だったり、線の上や枠の中に納めて書けなかったりします。「木」と「水」、数字の「11」とひらがなの「い」などが見分けられなかったり、「い」から井や胃の想像がどうしてもできない・結びつかないなど、様々な不便さがあります。
英語圏では人口の10〜20%と言われていますが、日本では実態調査は行われていないため、5%前後と考えられています。いずれにしても、小さい数字ではありません。