2018/10/22マネジメント講演会 開催レポートを公開いたしました。
- テーマ
- IT活用による旅館改革とその展望
~女将が実践したIT化による業務改善・働き方改革のポイントとは~ - 講師
- 宮﨑 知子 氏
株式会社陣屋 代表取締役 女将 - 日時
- 2018年10月22日(月)15:00~17:00
今回は、講師として株式会社陣屋 代表取締役 女将 宮﨑 知子様をお招きし、
【IT活用による旅館改革とその展望~女将が実践したIT化による業務改善・働き方改革のポイントとは~】をテーマに講演会を開催いたしました。
もともとサラリーマンをしていた宮﨑夫妻は、2009年に、急遽旦那様のご実家である老舗旅館 鶴巻温泉 元湯 陣屋を引き継ぐこととなりました。旧態依然の経営を行い倒産の危機に陥っていた老舗旅館を、IT化を含む大掛かりな経営改革を実施し、現在では、その経営を以前比べ大幅に上回る業績にまで回復させました。今回は、その改革について、どのような考えのもとに取り組んだか、どのように浸透させたか、またその苦労話など非常に興味深い内容でご講演いただきました。
会員企業の皆さまをはじめ、40名以上の方にご参加いただきました。
主な講義内容は以下の通りです。
【鶴巻温泉 元湯 陣屋の概要】
- 創業大正七年の老舗温泉旅館
- 明治天皇が利用した貴賓室では、囲碁・将棋の対局を昭和初期から計300回開催
- 1万坪の庭園内に18の客室とレストラン・宴会場など6会場を有する。
- 宮﨑夫妻が陣屋を引き継いだ2009年の状況は、売上:2億9000万、EBITDA;-6000万、借入金:10億 で、きわめて厳しい経営状況であった。※EBITDAとは、利息を減産して減価償却費を加算した税引前当期利益で、宿泊業界では標準的に利用されている指標。
【現状分析・経営方針策定・基幹システム導入】
- まず初めに着手したことは経営状況の分析であった。分析項目を「売り上げ」と「経費削減」とし、現場の実態の把握後、やるべきことを定め経営方針を決定。
- 社是の決定:もともと陣屋には社是が無かったため、従業員120名に陣屋の好き、嫌い、強味、弱みなどインタビューし、「物語に、息吹を。」を社是として採用。旅館のコンセプトが明確となり、業務を行う上で社是を中心に考え進められるようになった。
- 各単価の改善:2009年のリーマンショック以降、集客のために宿泊単価を9,800円~に値下げされていたものを、2015年には30,000円~にすること目標として設定。また、高付加価値、高単価、低稼働率への方向転換、新たなブライダル事業の開始。おもてなし(サービス)の実験場として貴賓室(最高級客室)を活用サービスの向上、従業員の接客技術の向上を目指した。
- その他に、経営改善方針として決定されたことは主に4つ。①情報の見える化、②PCDAサイクルの徹底、③情報の有効活用、④仕事の効率化しお客との会話・接点を増やす。
- ①情報の見える化:ともするとベテラン従業員が囲みがちであった各種情報を全体共有できるようにし、いつでも、だれでも、どこからでも、どんな機器でも重要情報を共有できる様にし、いつでも顧客に一定のサービスを提供できるようにする。
- ②PDCAサイクルの徹底:月次管理から日次管理にする。
- ③情報の有効活用:顧客の詳細利用履歴を分析・有効活用し、おもてなしの向上に活用する。また、それら情報をもとにWEBやSNSでのマーケティングに利用する。
- ④仕事の効率化しお客との会話・接点を増やす:おもてなしを向上するには、来客回数により接客を変える必要がある。接客の時間を増やすことで、お客様との会話により最新の情報を収集しその方にあった対応を行うようにする。また、生産性のない非効率な会議なども無くす。
- 上記を進めるにあたり、旅館経営を支える基幹システムの導入が必要と判断。システム導入にあたり、セキュリティ、プライシー、低価格、拡張・カスタマイズ性を重視。システムの更新費用を抑え、社内メンテナンスを避けるためクラウドでのシステムを検討。2019年当時、既存の市販されていたホテル・旅館向けシステムでは、希望要件を満たすものが無かったためSalesforceをベースとしシステムの自社開発に着手。お客様と陣屋とのつなげたい、従業員同士をつなげたい、仕事の流れをつなげたい、お客様の物語をつなげたいとの思いを込め「陣屋コネクト」と命名。
- 現在の陣屋コネクトでは、予約管理、顧客管理、社内SNS、設備管理、勤怠管理、会計管理、売り上げ管理、経営分析ができるようになっている。
【陣屋コネクトとIOTの連動】
- 到着した車のナンバーを自動認識しChatter(Salesforceの情報共有システム)で情報を共有。ドアマンはお客様のお名前を呼んでお出迎えし、仲居は玄関へ移動しお出迎え。
- 人感センサを浴室入り口に設置。入室件数をカウントし、設定数に達した時点でメンテナンス(タオルの補充、清掃の頻度など)を実施。
- 従業員の会話を音声と文字で自動共有。すべての従業員が状況を把握することで漏れの無いお客様対応を実現。また、広い敷地を移動することなくリアルタイムで情報共有できる。
【ITを浸透させるポイント】
- ①導入を決定した方、経営者等が積極的に利用をする。陣屋では、メッセージの発信や、コメントなど社長の投稿は50件/日以上。
- ②ログインしないと仕事にならない業務環境とする。特に陣屋のケースでは、高齢者パート従業員が多かったため、ログインして出勤ボタンを押さないと給料が発生しないシステムを採用し、利用せざるを得ない状況を作った。また、すべての申請において紙を廃止し、システムを通した申請とした。
- ③使いやすいデバイスを自由に選択できるようにした。また、個人のスマートフォンからも閲覧を許可。例えば、アルバイトの方のシフト確認、従業員の電車遅延による遅刻などの連絡はSNSでできるようにしている。
【その他の改革】
- ①料理の改革:ハードウェアへの投資が難しいため、料理の質・料金をあげ、客単価の向上を目指した。特に最高級客室である貴賓室のコース料理を刷新。毎月新規料理の提案会、試食会開催し3年半継続。毎月献立を変えることで、お客様から評価されるようなり、日帰りの会合等の利用が徐々に増えていった。また、その評価により従業員のモチベーションが向上した。加えて、宿泊客向けの献立も刷新。宿泊客は、中間価格帯の料理を選ぶ傾向にあるため、徐々に上位献立の単価を上げるとともに中間価格をあげることで、顧客単価を上げることができた。
- ②サービスオペレーションの改革:情報伝達の公平性を重視。「言った、言わない、聞いてない」を撲滅するため、システムログインのIDとPass wardを従業員全員に付与。Chatterを利用することで、同時に従業員全員が情報共有できるようにした。また、経営レポート(人件費、原価管理、銀行残高、役員報酬など)を全員に開示している。以前は情報伝達ヒエラルキー(予約⇒フロント⇒接客⇒清掃)が存在し各セクション間での軋轢があったが、一律に情報開示することで組織がフラット化し、指示待ちではなく自主的に情報を取得しマルチタスク業務ができるようになった。加えて従業員の主体性ががり、モチベーションも向上した。
- ③働き方改革‐ES向上に向けた取り組み:一般的に宿泊業界の離職率は通常30%を切れないといわれている。離職により新規従業員を採用すると、教育担当従業員は新人の教育に加え、自身の仕事を行わなければならないため負担が大きく疲弊しまう。そのような従業員に報いるため2014年2月から旅館の週休2日を導入。加えて、2015年には従業員の有給休暇完全消化を実施した。なおも消化できない方がいるため、2016年からは週休3日に変更。それ以降、消化できない人は優先的に休暇を取ってもらうようにした。また、休暇中は、副業、アルバイトを許可している。その他、賃上げ(昨年は25%アップ)、原価1万のバーベキュー大会、従業員休憩室のリニューアルなどを実施し、加えてメディアの露出を増やし取り上げられることで、従業員であることの誇り高めた。
【改革の結果(2009年⇒2018年)】
売り上げ:2億9000万 ⇒ 6億1400万、 EBITDA:-6000万 ⇒ 1億8500万
その他、人件費の削減、従業員数の削減、従業員の若返り、平均収入の増加、労働生産性の向上を達成。経営危機から脱却し、新事業を始めるなど、事業拡大を進めている。
引き続き「陣屋コネクト」及び、新しいサービスである「JINYA EXPO」が紹介された。
最後に宮﨑様より「良い(旅館)会社を作るため」に以下のお話があった。
経営者がすべきこと:改革のためには経営者がやり方を変える。部分最適よりも全体最適を考える。決してあきらめずやり通す覚悟を持つ。
従業員がすべきこと:顧客、従業員、会社にとって正しいと思うことは、恐れず経営者にぶつける。
その後質疑応答を行い盛況のうちに講演会を終了しました。
参加者からの感想(一部抜粋)
- 伝統ある旅館がITを導入することによる成功事例を聞けたこと、経営者と働くスタッフに対する心構えはとても参考になった。
- お客様サービスの基本を大切に考えたうえでの結果が業績の向上につながっている。社内の情報共有、働く仕組みづくりの構築が効果を上げている。また、代表者の決めたことを徹底する姿勢が伝わってきた。機会があれば一度宿泊してみたい。
- 業務改革とマーケティング、新規業務開拓とスパイラルアップしている事業の例として大変参考になりました。
- 企業としての一体感について非常に素晴らしいと感じた。取り組みすべてにテーマ・コンセプトがあり、その重要性についても再認識した。今後のビジョンについても、大きな可能性を感じた。
- 改革には、方針を明確に示すこと、やりきること、社員の主体性・モチベーションを高めることが重要だと感じました。
- “こうしたい”、“こうあるべき”まずはこの思いの強さを感じ、それを実現させるためのシステムであったことを理解した。業態は違えど、根幹は同じだと思う。良い刺激を受けた。
- IT活用が主題でありながら、「人はどうしたら動くのか」といった課題に対する1つのアプローチを示していただいたように思う。
- やりたい事を明確に掲げて実行に移していることが良くわかりました。思っていても、非常に実現することが困難な中、一つでも当社の運営レベルを上げる為、改革を実行していこうという思いを強く持ちました。
- サービス業にメーカーのセンスを使って変革している点がとても参考になった。
以上