2018/10/29マネジメント講演会 開催レポートを公開いたしました。

テーマ
組織の不条理~黒い空気支配を回避する~
講師
菊澤 研宗 氏
慶應義塾大学商学部 大学院商学研究科 教授
日時
2018年10月29日(月)15:00~17:00

今回は、講師として慶應義塾大学商学部 大学院商学研究科教授 菊澤研宗様をお招きし、
【日本軍に学ぶ組織の不条理~黒い空気支配を回避する~】をテーマに講演会を開催いたしました。

日本軍はなぜ勝てない戦争に向かい、戦艦大和の沖縄特攻という無意味な作戦が実行されたのか。何万人もの兵士が無駄死にした現象は「空気」に支配されたものだ、と山本七平は説明している。では果たして「空気」は初めから存在しているのか?実は人間が不条理な黒い空気を生み出しているのではないか?という疑問を入り口にして講演会は始まりました。

人間が空気を合理的に生み出して、この空気に従って組織が合理的に失敗するという不条理なメカニズムを「日本軍の事例」「多くの企業不祥事の事例」にあげて、「取引コスト理論」などを援用しながら説明いただきました。まとめとして、黒い空気支配の回避を「損得計算」と「価値判断に基づく人間主義マネジメント」の2階建で説明され、リーダーのあり方につなげられました。
当日は非常に興味深いご講演をいただき盛況のうちに終了いたしました。

主な講義内容は以下の通りです。

【戦艦大和の沖縄特攻と取引コスト】

  • 大和特攻作戦は連合艦隊司令部から発案され、首席参謀の神重徳大佐と納得できない草鹿参謀長、三上作夫参謀が激しい議論になったが、「陛下から『航空部隊だけの総攻撃か』という御下問があった」という説明に納得し、伊藤誠一司令長官も「われわれは死に場所を与えられた」として、大和は沖縄到着前に撃沈された。山本七平はこの原因が「逆らえない非合理な空気が沖縄特攻を決めた」としている。
  • 正統派経済学は「人間は完全合理的である」「人間は利益最大化する」としているが、それでは昨今の企業不祥事は説明できない。人間は完全に合理的でもないし、完全非合理的でもない「限定合理的」と考えるべき。また、人間は「すきあらば悪徳的に利己的利益を追求する」と考えたほうがいい。
  • 知らない人と交渉、取引をする場合だまされないように相手を調査・契約しその後もモニタリングするという「取引コスト」が発生する。変革が必要な時に、個人的には変革をするために多くの利害関係者と交渉をする必要があるとしたらどうだろうか。見えない人間関係上のコストである「取引コスト」が、変化に伴う個別の利益より大きいと思われる場合、正当性を無視して効率を追求するという不条理が生まれる。そして隠ぺいや不正について沈黙するということが起こる。この考え方を大和に当てはめると以下のようになる。
  • 天皇に、大和を温存するということの説得・説明・交渉をする取引コストは海軍には高かった。また、大和温存は軍人にとっての侮辱である「卑怯者」になることが想定された。また、終戦によって大和は米軍に接収されて戦利品として見世物になる可能性もあり、それを阻止する取引コストも高いものが想定された。

【黒い空気の不条理と現代の事例】

  • 昨今、企業各社の不祥事が頻発している。密接な人間関係のもとで上層部から無理な命令が来た時に現場はそれを断れるだろうか。現場では不正を行っても要求に対応したほうが、損得計算上合理的となりデータを改ざんしても納期を守ったほうがいいと考える。これは人間関係上の取引コストが高いことを忖度しての結果である。
  • 黒い空気支配からの脱却を経済合理的なマネジメントで実現できるのか。ひとつの解決策は「取引コストの節約」ということが想定できる。
  • 例えば日産の改革は内部昇進役員ではない「カルロス・ゴーン」が社長になったことが大きい。ダイバーシティもゼロベースの議論が可能なので変革が容易になるということがいえる。取引コストを下げる意味では、上層部が現場に足を運ぶ、社内のイベントを開催するなども黒い空気の発生抑制につながる。だが、ここでよく考えると制度政策の展開もコストがかかるため、「何もしない」という選択が合理的であるという不条理に陥ることがある。

【人間主義マネジメント】

  • ではどうすべきか?
    損得勘定ではなく、価値判断に基づく行動が主観的ではあるが主体的なもので、カントはこれを自由・自律と呼ぶ。組織のリーダーは価値判断に基づく行動を部下から引き出せれば、不条理を突き抜ける可能性がある。
  • コンプライアンス経営には限界がある。価値判断のもとに自律的で責任を伴う行動をすることが求められる。ドラッカーは人間の自律性を経営学に持ち込んだが、真摯さ、インテグリティーこそが大切なもの。

【不条理を突き抜けるソフトな制御の重層的マネジメント】

  • 損得勘定に基づく経済合理主義マネジメントも重要であるが、価値判断に基づく人間主義マネジメントがそれを制御しなければならない。ある新プロジェクトを「儲かるか、儲からないか」「正しいか正しくないか」のマトリクスで見ると、不確実(儲からないかもしれない)だけど正しいというものがイノベーションにつながる。
  • 不条理を突き抜ける、自分が正しいと思う価値判断をしたリーダー
    ①福島原発 吉田所長
    ②黒田投手(広島に戻った判断)
    ③松下幸之助
    最後に菊澤様より、リーダーはまずは経済合理主義的に損得計算をするが、その上で価値判断をし、その責任をとることが求められるということでまとめをされました。

その後質疑応答を行い盛況のうちに講演会を終了しました。

参加者からの感想(一部抜粋)

  • 主体的、主観的な考えの重要性を具体的に理解できた。
  • 空気を変えるには覚悟が必要。
  • 価値判断という認識を深めることができた。
  • 価値判断の重要性―リーダーが身につけるべきこととして的確に理解できた。
  • 不条理が発生するメカニズムが取引コストという理論でわかりやすく理解できた。
  • 「損得計算」と「価値判断」の意味あいをよく考えた行動を考えていきたい。
  • インテグリティーと経営の結合は最近のSDGsやESGの要請につながると考えました。大和心を大切にしてまいります。
  • 論理的でありわかりやすかった。
  • 先生の説は腹落ちする内容でした。是非、自立組織養成に活かしたいと思います。
  • 黒い空気に支配され、流されている雰囲気に慣れっこになっていることを再自覚した。
  • 経済合理主義と人間主義、この見方が勉強になりました。

以上